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    「何かの、それは」

    「うちへもかね」と訊いて置きながら、その自家うちへ寄つて行けとも云はない。房一はふと庄谷の眼尻が人並より下つて、そこが特長のある皺になつているのを認めた。その皺の奥から時々庄谷の眼がこちらの顔を撫でるやうに見ていた。さつきから何度も微笑したやうに見えたのは、この皺のせいかもしれない。

    「さあ、くはしいことは判りませんね」

    だが、その間にも土手の押問答はつゞけられた。

    母家の方には父親の正文がいるのだらうが、ひる寝でもしているのか物音がなかつた。練吉は井戸端へ出て身体を拭くと、居間になつている診察所の二階へ上つて来た。その途中で、看護婦に自転車の鞄を外して、中にある処方の薬をこしらへて置けと云ひつけた。そして、さつき配達されたばかりの前日の新聞をつかむと、腹ばひになつて読みはじめた。

    「徳さんが、――今、そこに、おかみさんが来てるんですわ」

    疲労したあまり不機嫌になつた大石練吉は、手荒く疳性かんしやうに衣裳をくるくると巻きながらいつもよりも激しくその切れ目をぱちぱちさせて云つた。

    一息に話してしまふと、喜作は依然としてさつきのまゝの姿勢で、いかにも気持よささうに、あのごつごつした、年に似合はず毛のうすい頭をむき出しに日にさらし乍ら、遠く河下の方に開けた空と、その下に低く横はつている丘陵地に目を放つていた。

    それから一二時間たつた頃には、上の町の予定した家をあらかた廻つて、房一はそれが今日の挨拶まはりの一番の目的だつた大石医院の手前にさしかゝつていた。家を出た最初から、路々彼はそのことばかり考へていた。老医師の正文の方は、四五年かあるひはもつと前に、自転車に乗つて往診に出かける姿を見かけたことがある。息子の練吉には、彼が夏休みか何かに医専の学生服を着ているのに路上で会つたことがあるから、多分それはずつと前だつたにちがひない、それも擦れちがつただけで、練吉の方では房一を気にとめもしなかつた。房一には老医師の方は今もこの前と変りのない姿を想像することができたが、練吉の方はどんな風になつているか見当がつかなかつた。彼等はどんな様子でこの自分を迎へるだらう、それから自分はどんな風に話を切り出したものだらう。「はじめまして」もをかしい、二人とも全然知らぬ間ではないのだからな、「しばらくで御座いました」と云ふかな、これもどうも変だな、――それからまだ言葉にはならない、いろんな言葉を頭の中で云つてみた。相手が頭を下げる、こつちもお辞儀をする、そんな恰好がひとりでに頭の中を横切つたり、消えたりした。房一は漠然と興奮していた。

    「ね、君」

    「すると、何ですか、十年契約といふやうなことにでもなすつたんですか」

    しかしこんな田園詩イデイイルのなかにも生活の鉄則は横たわっている。彼らはなにも「白い手」の嘆賞のためにかくも見事に鎌を使っているのではない。「食えない!」それで村の二男や三男達はどこかよそへ出て行かなければならないのだ。ある者は半島の他の温泉場で板場になっている。ある者はトラックの運転手をしている。都会へ出て大工や指物師になっている者もある。杉や欅の出る土地柄だからだ。しかしこの百姓家の二男は東京へ出て新聞配達になった。真面目な青年だったそうだ。苦学というからには募集広告の講談社的な偽瞞にひっかかったのにちがいない。それにしても死ぬまで東京にいるとは!おそらく死に際の幻覚には目にたてて見る塵もない自分の家の前庭や、したたり集って来る苔の水が水晶のように美しい筧かけひの水溜りが彼を悲しませたであろう。

    「やあ」

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